【R18】拐かし(2011) - 2/3

 

二日目

 

昨日のくすんだ空とは打って変わって、日が高く上った今はきれいな薄い青の空だ。

その陽光が差し込む明るい部屋で、布団を抱えて未だ眠り込んだままの少年を板倉は見下ろした。すらりとした手足は掛け布団からはみ出していてお世辞にも寝相がいいとは言えない。何の驚異も感じていないその無防備な寝顔は間が抜けてみえる。
すでに昼近い時間であったが、零を起こす前に板倉は昨夜のことを反芻した。まるで夢であったかのように、そのときの記憶は熱で浮かされていて自分がどういう思いを抱いていたのか明瞭に思い出せない。零は板倉の責めに最後まで耐え抜いた。が、こんな時間まで眠りこける程度には負担がかかっていたようだ。子供ではあるが一応男でもあるし丈夫そうな体躯であったことから、手加減をしてやろうという気持ちは板倉は始めから持ち合わせていなかったように思う。現に、抵抗する力は女のそれより強かった。それをねじ伏せて突き上げると、始めは苦しがっていた零だが予想外にあっさりと抵抗を解いた。貫かれる苦痛にもやがて順応して快楽として受け止めていた。通常の彼は強き者にあえて反発することによって輝くような魅力を発揮する少年だが、そのような人間は得てして性的局面においては、屈従させられることで悦びを感じる傾向が高い。そういう素質があるのではないかと板倉が予想していたのはあながち間違いではなかったかもしれない。
熱を与える度に貪欲に吸収して身悶えるそんな零の反応が情動をたまらなく刺激して、板倉は時間をかけて何度も零を犯した。泣きながら気を失った零の涙をぬぐったところまでは覚えている。そして一晩経っても、そのときの疲労の名残が今の板倉をけだるい気分にさせている。自分はどうかしているとしか思えなかった。

板倉に起こされ朝風呂に入った零が服を着替えてやってきた。足取りは若干おぼつかないが、瞳の色はいつものように闊達としていた。そんな彼でも板倉にかける言葉が見つからないらしく、黙って新聞を眺めていたが、こちらの出方を待っているような気配が伺える。板倉としても普段と違って勝手がつかめず、窓枠に座って外を眺めながら一方で零の様子をうかがっていた。一晩睦み合った者同士とは思えない空気に何だか板倉は可笑しくなった。
ここの宿は板倉の組の息がかかった旅館で、それなりにわがままや融通が利く。自分たちには極力構わないよう宿の者には言い含めてあった。時間はありあまっていて、行動も際限なく自由だ。眼下の景色は、一昔前に時間旅行してきたような海に臨む異国の風景だ。板倉は零を散歩に誘うことにした。

 

海を見下ろせる高台に建っている旅館を出て、ゆるやかな傾斜面に寄せ合う古い町並みの隙間を少しずつ下りながら歩いた。適当に目に付いた定食屋に入って、朝食兼昼食をとることにする。客はまばらで静かだった。板倉は天ぷら定食を、零はカツ丼定食を注文した。店に充満した揚げ物の匂いに板倉は急速に空腹を感じたが、それは零も同じらしく、やってきたカツ丼に健康な食欲を示してかぶりついていた。板倉も海老の天ぷらにかじりつくと、揚げたての歯ごたえと香ばしい匂いと甘い海老の身の味が舌に染みた。味噌汁も付け合わせも思わず吐息をこぼしたくほど心地よく胃に染み込んだ。気づけば二人とも黙々と食べていた。
こんな場末の定食屋で、ひねりもない素朴な献立の食事にこんなに夢中になるのは久しぶりだった。
空腹も手伝っているだろうが、昨日からの夢見心地な気分が、欲求に対して開放的になるのを促しているのかもしれない。もしくは、目の前の少年がてらいもなくおいしそうに白飯を頬張るときの瞳を見ていたせいかもしれない。どちらも旺盛な食欲であっという間に完食した。

「海鳴りがきこえる」

茶を飲んで一息ついたとき零が言った。零の視線を追って窓の向こうを見ると、すこし離れたところに水平線が見えた。何か新発見でもしたかのような物言いに、板倉は煙草に火をつけつつ返答した。

「海くらい見たことあるだろ」

零は視線を彼方に置いたまま、懐かしいことでも語るように言った。

「修学旅行で沖縄に行ったことがある。海で遊んだのは半日くらいだけど」

「沖縄で海行かないでどこいくんだよ」

「他にもあるだろ。戦争の記念碑とか、城とか」

零はとがめるように言ったが表情は呆けていた。満腹で少し気がゆるんでいるようだ。それにしても、誰もが羽目を外したがる旅行のなかで真面目に文化財を見て回るとは随分な優等生ぶりだ。

「ヨットに乗ったな。砂の底まで海水が透けてみえて、熱帯魚が掴み取りできるくらいにいっぱいいて、きれいだった。でも」

零の口が言葉の代わりに一度ため息を吐く。

「俺は海亀が見たかったんだよなぁ」

話の着地点を放棄した、とりとめもない思い出話のようだ。ふん、と相づちを打って、板倉は煙草をもみ消した。

「そろそろ出るか」

板倉は伝票を持って、零は宿を出たときと同じ手ぶら姿で席を立った。会計を終えて外に出ると、零が一歩先に道ばたの案内掲示板を検分していた。

「この道だってさ」

陽光を白く反射する大きな瞳を板倉に向け、当然のように零が右前方に伸びている通りを指さす。なだらかな下り道は海岸へ続いていた。

 

二人が来た宿のある場所は観光地というより保養地に近く、そしてオフシーズンということもあり、近くにあるその海岸は人の影が無く閑散として、水平線から緩慢なリズムで届けられる海鳴りすらうるさく感じるくらいだった。ゆるやかに寄せて返す波打ち際から、二十歩ほどで縦断できる砂浜が続き、低い堤防で遮られそれより外は公道になる。そんな小さい海岸だった。砂で革靴が砂まみれになることを嫌った板倉は、コンクリートの堤防に腰かけて、湿った海風に難儀しながら煙草に火をつけた。零の方は、そんな連れを早々に見限って砂浜へためらいなく侵入していった。

くすぶったばかりの煙が次の瞬間風にさらわれて背後へ消え去るのを眺め飽きた板倉は、前方に立つ少年のシルエットに目を転じた。海の彼方から存外強い力で吹く風を遮蔽する物はなく、零の少し固い黒髪やジャケットのすそは容赦なくもてあそばれていた。だが零自身はそんなことに頓着するそぶりもみせず、確かな足取りで一歩一歩、波打ち際に沿って歩いていた。

太陽は南中高度を過ぎて、日差しはやわらかかった。人から忘れられたような辺境の砂浜に、異郷から来た少年がまるで自分の領地を歩く征服者のように確信をもった所作で足跡を残していく。零にそんな自覚はなくとも、彼はそこにいるだけでその場を支配する力のある雰囲気を全身にまとっていた。見るべきものもないこの退屈な砂浜も、そこに零がいるだけで本来の魅力を取り戻し、類い希なる風景に変貌したかのように見える。ばかげた考えだと思いつつも、板倉は零の均整の取れたシルエットから目を離せないでいた。

ふと思いついて、板倉は携帯電話のカメラを起動させた。画面の中に少年の横顔と砂と海がもっともバランスよくおさまった瞬間に切ったシャッターの音は、海風にあっという間にかき消された。撮った写真をあらためて見てみたが、やはりこの程度の機能では実物には到底及ばない貧相な出来だ。それでも消去ボタンは押さずに、板倉は何事もなかったかのように携帯電話を閉じた。

零をさらってきた昨日からずっと奇妙な気分だ。自分が自分でないような行動を取ったのも、この気まぐれな散歩も、海風を従わせる零を美しく感じるのも、この見慣れぬ土地に囲まれた非日常の世界にいるせいか、そうでなければ零という不思議な引力を持った少年がそばにいるせいに違いない。

 

海岸を離れて少しぶらぶらしたあと旅館に帰ったが、特にすることもないのでもう一度零を畳の上に押し倒した。先ほどの伸び伸びとした様子から一転して、零は身体を縮こめながら恨みがましい目線を向けてきた。

「す、するのかよ」

「夕食前に一回くらいはできるだろ」

我ながら無茶苦茶だと思う返答をして身体を寄せる。眉根を寄せた零の表情に浮かんだのは、不服のというよりは、ためらいの色のように見えた。構わずに零の唇や頬に自らの唇を当てると、肌の上にべたつく海風の味がするのが愉快に感じて、無心に口での愛撫を続けていると徐々に零の身体から力が抜けていった。そして観念したように板倉を受け入れ、しばらくの間その優等生の口から理知的な言葉が発せられることはなかった。外気にさらされて冷え切っていた身体と身体が、直接皮膚を触れ合わせることであっという間にぬくまっていく。そのぬくもりが極限まで高まり融解するまで、二つの身体はゆすられ震え、蠕動を繰り返していた。